昔の原宿はどんな街だったの?80年代、90年代の原宿を大解剖!

2021年11月15日 | カルチャー

こんにちは、原宿系イラストレーターの江崎びす子です!

皆さんは20年前、30年前の原宿がどんな街だったか、うっすらでもご存知ですか?

きっと、タケノコ族くらいはギリギリ名前は聞いたことがあると思いますが

知らない人がほとんどかと思います

今回はそんな昔の
80年代、90年代の原宿がいったいどんな街だったか
当時のムーブメントなども含め
びす子たん描き下ろしイラスト付きでご紹介したいと思います!

80年代の原宿といえばホコ天!


実は昔、1998年まで
原宿駅前から青山通りまでの道路は
週末の休日、歩行者天国(ホコ天)だったのです。

その場所はまさに文字通り原宿民にとって天国!

様々なジャンル、カルチャーが入り乱れ
路上で踊り、パフォーマンスをする目立ちたがり屋さんがわんさか居ました

中でも有名なのが竹の子族とローラー族です

竹の子族


竹の子族は、皆さんも耳にした事があるのでは無いでしょうか?
原宿らしい派手なファッションを着こみ
ディスコサウンドに合わせてステップダンスを踊る中学生、高校生の集団としてブームになり

全盛期はメンバーが2000人もいたとか。

名前の由来は竹下通りにある「ブティック竹の子」で衣装を購入していたからと言われています

そして2021年の現在は、竹の子族の文化を現代版として引き継いだ新たな集団
ケケノコ族というグループも誕生。

ローラー族


ディスコサウンドに合わせて東洋風ファッションでステップダンスを踊っていた竹の子族と対照的に

ローラー族はフィフティーズとキャロルを意識したロックンローラー達からなるアメリカンなファッションでツイストダンスを踊っていました。

男性はリーゼントや革ジャン、女性はデカいリボンにアイドルのような50年代風のワンピースを着ており、とても人気がありました。

そんな個性豊かなグループがホコ天でダンスバトルを繰り広げていたのが80年代の週末の原宿です。

昔から原宿は若者の街として大人気


とくに、当時あった原宿セントラルパークという
セントラルアパートの1階にあったテラスレストランは80年代のデートスポットとして有名でした。

天井は吹き抜けで空が見え、室内はガラス張り
そしてパームツリーが室内にたくさんあり
アメリカナイズドされた雰囲気が大人気のレストランでした。

また、タレントショップもたくさんあり
ジャニーズやアイドルだけでなく
お笑い芸人や司会者などの芸能人グッズが人気を博していました。

90年代、ストリートスナップ誌FRUiTSが創刊!


1996年に「FRUiTS」という伝説の原宿ストリートスナップ雑誌が誕生します。

そのため、原宿にはストリートスナップを撮られるためにオシャレに命をかける子達が増加し

“ファッションの街”としての印象を色濃くしていったのが90年代でした

みんな知ってる”シノラー”のブームもこの頃。

他にも

大阪のブランド「卓矢エンジェル」を身に付けた”エンジェラー”

全身をヴィヴィアンウエストウッドで統一させた”ヴィヴィ子”などが90年代の原宿ストリートを賑わせていました


ファッションブランドでは
ヒステリックグラマーやスーパーラヴァーズが大人気。

90年代後半には、みんなのよく知る
サイバー、パンク、ロリータ、ゴス、デコラなどが目立つ様になり
99年にはKERA!も月刊化され

世間に原宿ファッションのイメージを広く知らしめる事となりました。

原宿ファッションについて
細かくジャンル分けして解説している記事もありますので
是非こちらもご覧ください!


▶︎原宿系個性派ファッションジャンル大辞典!江崎びす子たんがイラスト入りで解説します♪

掻い摘んでの解説でしたがいかがでしたでしょうか!
80年代、90年代の原宿をもっと知りたい方は
週末の代々木公園でインタビューをしてみるのも良いかもしれません。

実は、当時から変わらず現在もローラー族を続けている方なども
僅かながらいらっしゃるので、面白い話が聞けるかもしれません!

以上、江崎びす子でした♡

この記事を書いた人

江崎びす子たん
イラストレーター、漫画家、モデル 代表作「メンヘラチャン」 "病みかわいい"カルチャーを国内外問わず発信し続けるクリエイター Twitter:@Bisuko_Ezaki @BisukoEzaki / Instagram:@bisukoezaki

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